戦場に行って人の殺し合いをするって
ほんとにやらなきゃならなかったの?
あの子は自ら命を絶つ決断をするまで なぜ追い詰められちゃったの?
果てしない欲に支配された
人間の心の愚かさよ
反省は活かされなかった
何度も何度も繰り返す
かけがえのない個性を潰されてまで
その無意味な規則を守らなきゃならないの? 最後のひとつが無くなるのがわかってても 採り続けるのをやめなかったの?
果てしない欲に支配された
人間の心の愚かさよ
反省は活かされなかった
何度も何度も繰り返す
戦場に行って人の殺し合いをするって
ほんとにやらなきゃならなかったの?
あの子は自ら命を絶つ決断をするまで なぜ追い詰められちゃったの?
果てしない欲に支配された
人間の心の愚かさよ
反省は活かされなかった
何度も何度も繰り返す
かけがえのない個性を潰されてまで
その無意味な規則を守らなきゃならないの? 最後のひとつが無くなるのがわかってても 採り続けるのをやめなかったの?
果てしない欲に支配された
人間の心の愚かさよ
反省は活かされなかった
何度も何度も繰り返す
老病死
老病死
人はいつかは必ず死ぬ
老病死
老病死
嘆いていても仕方がない
三途の川を渡る時
未練がましく後悔の
気持ちを抱かないように
力一杯過ごしたい
老病死
老病死
人はいつかは必ず死ぬ
老病死
老病死
嘆いていても仕方がない
ケンカばかりの毎日で
分からず屋だったバカ野郎
老いてしまえば弱いもの
諸行の無常を涙する
昔の王も皇帝も
不死身の身体に憧れた
でも死ななかった人はいない
寿命はたかだか100年だ
老病死
老病死
人はいつかは必ず死ぬ
老病
老病死
嘆いていても仕方がない
愛した人も にくいアイツも
最後はみんな 息絶えて
葬られて 骨になる
身体は土に灰になる
兵庫県立人と自然の博物館に勤務されていた大谷剛さんは、(おそらく)文部省唱歌「虫の声」に出てくるマツムシやクツワムシなどが身近でなくなっていることから、現代版の「虫の声」を作詞されました。以下に紹介します。
※文部省唱歌「虫の声」に合わせて
肩刺せ 裾刺せ ツヅレサセ(コオロギ)
リリリリ リリリリ ハラオカメ(コオロギ)
あとからミツカドコオロギが
キキキキ キキキキ 声高く
秋の夜長を鳴き通す コオロギだらけの 秋の声
ルルルル ルールルルー カンタンや
チンチン チンチン カネタタキ
アオマツムシはやかましく リーイ、リーイ、リーリーリー
秋の夜長は虫の声 ああ美しい虫の声
あれ、ジーイ、ジージーとシバスズが
ジーン、ジーンとマタラスズ
ヒゲシロスズも鳴き出して
チリリリ、リリリリ、チリリリリ
夏秋、昼夜、鳴いている ああ、おもしろい スズの声
チチ、チチ、チッチチルー、キンヒバリ
ビリビリビリビリ、カヤヒバリ
あれ、クサヒバリも 庭の木で
フィリリリ、リリリリ、フィリリリリ
初夏から秋へと鳴き継いで ああ、ヒバリたち、虫の声
チョンギース、チョンギース、キリギリス
ツルルルルルルはヒメギスか
ヤマヤブキリも樹の上で
ジュリジュリ、ジュリジュリ、ジュリジュリリ
初夏から夏へと元気よく
ああ、キリギリス、虫の声
チュリリ、チュリリ、チュリリリリ、
トノサマ(バッタ)や
チキチキ、チキチキ、ナキイナゴ
ショウリョウバッタも飛び出して
キチキチキチキチ、キーチキチ
真夏の草むら 昼下がり
ああ、バッタたち 昼の声
出典:八木剛,大谷剛(編) 2004.童謡,唱歌,赤とんぼと秋の鳴く蟲:赤とんぼコンサートガイドブック.兵庫県立人と自然の博物館。
学生の頃に聞いた
中古のCDを見つけた
この歌声とメロディ
若い心がよみがえる
夏はサーフィン
冬はスキー
あなたが眩しい草野球
瞳を閉じればノーサイド
翳りゆく部屋でひとり
冷たい雨を眺めてた
これだけはきっと言える
あの日に帰りたくはない
前略、若者よ
おっさんはいま 困ってる
あなたたちの言動に
ヤバイはどっちの意味やねん
指示待ってんと考えろ
「終わった」「死んだ」すぐ言うな
前略、若者よ
おっさんはいま 困ってる
あなたたちの言動に
時間が来たら 帰るんか
何でもメールで言うてくな
おっさん扱い せんといて
前略、若者よ
おっさんはいま 困ってる
あなたたちの言動に
草々
1.潮干狩りをしていたら
磯の上を はいまわる
グレーに光った渋いやつ
そうさ おいらは フナムシさ
フナフナ ムシムシ フナムシ(ムシ)
フナフナ ムシムシ フナムシ(ムシ)
グレーに光った渋いやつ
そうさ おいらは フナムシさ
2.お皿洗いをしていたら
壁からこっちを 見つめてる
黒くテカった憎いやつ
そうさ おいらは ゴキブリさ
ゴキゴキ ブリブリ ゴキブリ(ブリ)
ゴキゴキ ブリブリ ゴキブリ(ブリ)
黒く光った憎いやつ
そうさ おいらは ゴキブリさ
3.俺たち 素早く走れるぜ
触角 左右に動かすぜ
すんでるところは ちがうけど
俺たち 似た者同士だぜ
フナフナ ムシムシ フナムシ(ムシ)
ゴキゴキ ブリブリ ゴキブリ(ブリ)
すんでるところは ちがうけど
俺たち 似た者同士だぜ
他人の空似と言われても
俺たち 似た者同士だぜ
取るに足らない自尊心
酒に頼って守ってる
酔いが覚めないそのうちに
もう朝陽は昇っちまう
お風呂に入る気力がない
横になっているばかり
身だしなみはひどいもの
ああ朝陽は昇っちまう
トラブルが追い重なって
絶望感に襲われて
汗だくになって目が覚める
やがて朝陽は昇っちまう
ふとんからは出たくない
誰にも会いたい気がしない
またきっと今日も叱られる
でも朝陽は昇っちまう
朝と夕方の駅には
たくさん人がいるけれど
みんな暗い顔してる
笑顔の人は見当たらない
学校や塾の教室で
みんな机にかじりつき
問題集を解いている
子供らしさはどこにも無い
この世はいったいいつから
住みにくくなったのかなあ
明日が来るのが怖いから
ため息ばかりをついている
ネットの書き込み誤解され
収拾つかずに大炎上
誤解が誤解を生み出して
誹謗中傷 雨あられ
西を向いても暗い空
東を向いても雨模様
踏み出す勇気が持てなくて
引きこもるしかありません
この世はいったいいつから
住みにくくなったのかなあ
明日が来るのが怖いから
ため息ばかりをついている
プライドとコンプレックス(劣等感)は表裏一体のものであると聞いて、一瞬よくわからなかったが、いろんな人を観察してみて、確かにいわゆるプライドの高い人の根底には、同程度のコンプレックスの存在が見えてきた。それでは幸せといえない。逆にどちらも少ない人は、自分なりの持ち合わせのスペックでもって人生を歩み、たいへん幸せな心が得られている。
これはそれらの人の能力や成績とは無関係で、心の中だけの問題である。能力が上なら幸せというわけではない。知り合いの先生ですごい研究の成果を出しているのに、コンプレックスの塊のような方がいる(なので相当プライドも高く威張り散らしている)。
とはいえ、特にプライドの高い人にとって、自分のダメな部分に目を背けず、直視して受け入れることは難しい。私自身、まったく脱却できていない人間だ。
自分なりにその方法を思案したが、それはすなわち「恥ずかしい」の感情を捨てることなのかなと思っている。他人に見せたい理想の自分と、実際そうじゃない自分とのギャップに「恥ずかしい」の感情が生じる。 それはすなわちコンプレックスである。私自身、過去のうまくいかなかった事を思い出し、「恥ずかしい」「消し去りたい」という気持ちになることがしばしばある。その気持ちを解消するため、優越感を見せつける言動が多くなったりする。
だが実は他人は本人が思うよりもっと「コイツはそんなもんだ」と、現実の自分の程度を既に知っているような気がしている。また他人から私への関心は、私が思っているよりかなり低い。
なので、その人の消し去りたいコンプレックスを「恥ずかしい」と思っているのは、ほとんど本人だけであって、他人にはかなりどうでもいい話なのである。
こう考えれば、「自分なんてそんなもんだ」と受け入れることができる(のかな?)。
さらに人の目を気にしない自己肯定感が得られれば、おそらくより幸せな心で日々の生活が送れる(のかな?)